監督失格 [2011年]
監督失格
こんなドキュメンタリー観た事無い。
最後にコレを観てしまったのが、良いのか悪いのか。
あまりの衝撃で、他の作品は帰ってから感想がすらすら書けたのに
これは少し時間をおこうと思って今になった。
AV女優林由美香と、AV監督平野勝之のセルフドキュメンタリーだ。
未だにまとまらないのだけれど、
林由美香さんは、とても魅力的なかわいい女性だと思った。
こういう人がAVならば、それは観てみたい衝動にかられるのが人間というものだと素直に思う。
そして彼女と一緒に東京から北海道まで自転車の旅をする平野監督。
撮影しながらあくまで仕事ではあるが、不倫旅行と言うべき、長い旅。
前の番、出会った方に、この作品の感想を聞いていた。
「前半いらっとするけど、それを乗り越えるとおもしろくなる。」
そんな感想だった。
始めは、たぶん2人のホームビデオ的撮影の事をいったんだろうなと思うし、
女性からすると、不倫旅行と聞くと、どうしても林さんの気持ちはどうだろうか?この男はどうしてこんなことするんだ?というところもあって、いらっとするのだろうなとは思うのだが、私の場合はなぜかそこの点については何も感じず、
このホームビデオ的撮影がやけに人の恋を覗き見しているような
変な興味ですーっと観る事が出来た様に思う。
過酷な状況の中、自我をぶつけ合う2人には驚きの連続で、こんな恋もあるのか?と私にはわからない事だらけの画が流れて行く。
この展開でどう落とすのかも全く想像出来ず、すすむのだが、
この作品はセルフドキュメンタリーと言ったが、監督本人の救済ドキュメンタリーでもあり、どんどん平野監督の気持ちに吸い込まれていくようだった。
当時の私は、彼女の存在も死んだという情報も知らない。
よって、自殺現場に居合わせたという事実にただただ驚くばかり。
そのことは一瞬頭をよぎったけれど、それは劇映画だなと打ち消したのに
それがあたってしまった。
始まる前の舞台挨拶にて、林由美香もどこかでコレを観ていることだろうと
監督のあいさつがあったにもかかわらずまさかこの作品中にそれが起きることとは
想定外だった。
そして、終われない理由も編集をする過程で監督は気づいたのは事実だろう。
人とお別れする時に、「ありがとう」と言う事をかけられなかった経験があったのを思い出した。
「さようなら」と言う言葉は、言えるけれど、「ありがとう」は使えなかった。
それは、「ありがとう」と言う言葉を使うと、「お別れ」を意味するからだ。
「絶対的な別れ」に繋がるからだ。
私はその人と「別れたくなかった」から使えなかったのだ。
それに近いのかなと思った。
この作品に着手できなかった、しなかった理由は、「お別れ」ができなかったのだと監督も最後に気づく。
彼女はとても愛されていた。
誰もが不器用で、誰もが幸せになりたがっている。
それが複雑に絡み合い、最後にほどけそうな時に、終わってしまった。
ただ、この作品を作った事で、完全ではないが、ほどけそうになったのかもと
思った。
こんなに自分のことをさらけ出す、ドキュメンタリーはあまりに鮮烈で、
山形の景色にはそぐわず、帰りの新幹線を待つ間、お水が飲みたくて仕方なかった。
林由美香は、私と同い年だってことも、キツかった。
ご冥福をお祈りします。
----------------------------
2011 日本
平野勝之監督
http://k-shikkaku.com/
こんなドキュメンタリー観た事無い。
最後にコレを観てしまったのが、良いのか悪いのか。
あまりの衝撃で、他の作品は帰ってから感想がすらすら書けたのに
これは少し時間をおこうと思って今になった。
AV女優林由美香と、AV監督平野勝之のセルフドキュメンタリーだ。
未だにまとまらないのだけれど、
林由美香さんは、とても魅力的なかわいい女性だと思った。
こういう人がAVならば、それは観てみたい衝動にかられるのが人間というものだと素直に思う。
そして彼女と一緒に東京から北海道まで自転車の旅をする平野監督。
撮影しながらあくまで仕事ではあるが、不倫旅行と言うべき、長い旅。
前の番、出会った方に、この作品の感想を聞いていた。
「前半いらっとするけど、それを乗り越えるとおもしろくなる。」
そんな感想だった。
始めは、たぶん2人のホームビデオ的撮影の事をいったんだろうなと思うし、
女性からすると、不倫旅行と聞くと、どうしても林さんの気持ちはどうだろうか?この男はどうしてこんなことするんだ?というところもあって、いらっとするのだろうなとは思うのだが、私の場合はなぜかそこの点については何も感じず、
このホームビデオ的撮影がやけに人の恋を覗き見しているような
変な興味ですーっと観る事が出来た様に思う。
過酷な状況の中、自我をぶつけ合う2人には驚きの連続で、こんな恋もあるのか?と私にはわからない事だらけの画が流れて行く。
この展開でどう落とすのかも全く想像出来ず、すすむのだが、
この作品はセルフドキュメンタリーと言ったが、監督本人の救済ドキュメンタリーでもあり、どんどん平野監督の気持ちに吸い込まれていくようだった。
当時の私は、彼女の存在も死んだという情報も知らない。
よって、自殺現場に居合わせたという事実にただただ驚くばかり。
そのことは一瞬頭をよぎったけれど、それは劇映画だなと打ち消したのに
それがあたってしまった。
始まる前の舞台挨拶にて、林由美香もどこかでコレを観ていることだろうと
監督のあいさつがあったにもかかわらずまさかこの作品中にそれが起きることとは
想定外だった。
そして、終われない理由も編集をする過程で監督は気づいたのは事実だろう。
人とお別れする時に、「ありがとう」と言う事をかけられなかった経験があったのを思い出した。
「さようなら」と言う言葉は、言えるけれど、「ありがとう」は使えなかった。
それは、「ありがとう」と言う言葉を使うと、「お別れ」を意味するからだ。
「絶対的な別れ」に繋がるからだ。
私はその人と「別れたくなかった」から使えなかったのだ。
それに近いのかなと思った。
この作品に着手できなかった、しなかった理由は、「お別れ」ができなかったのだと監督も最後に気づく。
彼女はとても愛されていた。
誰もが不器用で、誰もが幸せになりたがっている。
それが複雑に絡み合い、最後にほどけそうな時に、終わってしまった。
ただ、この作品を作った事で、完全ではないが、ほどけそうになったのかもと
思った。
こんなに自分のことをさらけ出す、ドキュメンタリーはあまりに鮮烈で、
山形の景色にはそぐわず、帰りの新幹線を待つ間、お水が飲みたくて仕方なかった。
林由美香は、私と同い年だってことも、キツかった。
ご冥福をお祈りします。
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2011 日本
平野勝之監督
http://k-shikkaku.com/
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